メモリアル vol.01

私たちより寿命が短い愛犬や愛猫たちとの別れは考えたくないけれど、いつかは別離の瞬間がやってくる――。 “その日”がやってきたとき、どう対処すればいいのか。今回は女優やセレブリティから絶大な信頼を寄せられているスタイリスト、長友妙子さんのケースをご紹介します。

 

vol.01 長友妙子さん&メルー(ブラック・シュナウザー、雌、享年14歳)

 

メルーは人の気持ちを読むことにたけた、やさしくて、本当に表情豊かな子でした。小さな身体ですが、どこかにジッパーがついていて、中に人が入ってるんじゃないか、と思うほど。我が家にやってきて数年経った2006年、当時、私はプレ更年期障害で悩んでおり、メルーと一緒に青山公園を散歩しているときや、自宅でメルーを抱きしめながら、涙してしまうことがよくありました。と、そんなとき、メルーが急に歩けなくなってしまったんです。

 

「あなた、愛犬にグチを言っていませんか?」

何軒ものクリニックを訪ね、医師に診てもらいましたが、どうしても原因がわからない。と、ある日出会ったお医者さまにふと尋ねられたのです。 「あなた、メルーちゃんにグチを言っていませんか? この子は感受性が強く、あなたの心の傷を自分ごとのように感じています。メルーちゃんに弱音を吐かないようにしてください。この子の脚はもともとどこも悪くありませんよ」 ……ショックでした。私の心の弱さがメルーに辛い想いをさせてしまった。メルーにグチを言わないようにしたら、すぐ歩けるようになったんです。実は、翌(07)年に乳がんが発覚し、心身ともにダメージを受けましたが、メルーの前ではつとめて明るくふるまい、「ふたりで、元気に一緒に生きようね!」と、一心同体の二人三脚。ずっと手(足?)をとって一緒に生きてきました。

ボール遊びが大好きだったメルー。東京ミッドタウン(六本木)の広場や青山公園が大好きなお散歩場所だった。

メルーの好物はおから。豆腐屋さんから毎朝もらうのを楽しみにしていたが、この日はあいにくお休みでした。

私自身も、メルーも、健康には留意しており、1年に1回の定期健診は欠かしませんでした。でも7歳ごろだったでしょうか。心臓弁膜症を発症し、「あまり走らせないように」とアドバイスを受けるようになりました。走り回るのが大好きだったメルーを安静にさせるのはつらかったです。クリニックで治療を受けているときも、暴れるようなことはなく、目でなにかを訴えるような……ものわかりのいい子でした。

クリニックでもいい子にしていたメルー。

17年ごろからハアハアと息苦しそうにしたり、食欲がなくなったり……このころ12歳。老化もあったと思いますが、辛そうだなと見ていれば元気を回復する時期もあり、アップダウンを繰り返しながら心臓が少しずつ悪化していったのだと思います。心臓サポート用のドライフードに大好きなサツマイモを混ぜたり、お友達から馬肉が身体によいと聞けば試したり。なんでもトライしていました。

溜まった腹水を定期的に抜いてもらう。

メルーの病院通いは経済的にも負担でした。「この1回のお支払いでプラダの靴が買えるわ」なんて冗談にもしていましたが、ひと月に数十万かかったことも何度かあります。ただそれを惜しいと思ったことはありません。メルーは私の家族だし、私は最期まできちんと責任をもってケアできないのであれば動物は飼わないほうがいいという考えの持ち主です。一方で「安楽死」について考えるときもありました。痛みと苦しみしかない状況になったとき、安楽死という選択肢も私は尊重します。いずれにせよ、少しずつ調子が悪くなっていくメルーと暮らしながら、どんな別れの日が来るのか、ちょっとずつ意識していくようになりました。

 

“その日”は唐突にやってきました。

昨年の夏は蒸し暑かった。食欲がない日が続いていた6月のある日、前から予約していたトリミングに行きました。いつも良くしてくださっているトリマーさんたちにも久々に会えてうれしかったんでしょうか。帰ってきて、久々によく食べてくれました。
ところがその2日後、急に立てなくなってしまって。そのころよく食べていたヨーグルトやプリンも口にしてくれないので、朝9時ごろだったかしら、病院に電話したんです。連れていったほうがいいのか、このまま様子をみたほうがいいのか、指示を仰ぎたかったのね。
そのときメルーは同居している85歳の母が抱いており、その母の腕の中で、メルーの息は徐々に切迫していって。私は逐一その状況を医師に報告していましたが、白目をむいて痙攣するメルーの様子に、先生は「もう息を引き取っているようですね」と。いまどうにか冷静にお話していますが、当時は茫然とするばかりでした。あまり苦しまずに、母の腕の中で旅立ってくれたメルー。その最期の姿には感謝の気持ちしかありません。

友人たちから届いた多くのお花に囲まれるメルー。

その後、急速に硬くなってしまうメルーの遺体を前に途方にくれていました。でもお弔いをしないと、とインターネットで調べた動物専門の業者にいくつか連絡しました。でも、某社は電話が通じず、またある社はいいかげんな対応でお願いする気になれず。最後に出会った誠実そうな女性のところにお願いしたところ、非常に行き届いたサービスでメルーを荼毘(だび)にふすことができました。費用は3万円弱だったと思います。

お棺に入れる寸前のメルーと長友妙子さん。

いまメルーは、私たちが入る予定の霊園に眠っています。その気配をいまも感じるか? いえ、それはあんまりないんです。夢にも出てきてほしいのに、残念ながら登場してくれません。でも、メルーを散歩させていたときの犬友達に会うと、不思議なことにみんな私のところにすごくうれしげにやってくるの。メルーが一緒にいるように見えるんでしょうか。
私のうちでは朝、母が納豆を食べるので、それを私がグルグルかき混ぜてあげるのね。すると、メルーがテーブルの下から欲しそうな目で見上げている感じがして、いつもメルーのことを思い出します。納豆はメルーの大好物だったから、お仏壇にもお供えして。
メルーは私にとって唯一無二の存在でした。今も、この先も、ずっとずっと家族です。


Text by Miyako Akiyama

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