メモリアル vol.06 後編

私たちより寿命が短い愛犬や愛猫たちとの別れは考えたくないけれど、いつかは別離の瞬間がやってくる——。“その日”をどう迎えればよいのか。今回は、ファッションモデルであり、ドッグコミュニケーショントレーナーの小林里香さんが、愛犬との別れを2回に渡って語ります。後編は、今年7月に亡くなったばかりの愛犬Coo(クー)について。

 

vol.06 後編 小林里香さん&Coo(ジャックラッセルテリア、雌、享年17歳と11カ月)

 

前回は親犬であったB.Bが亡くなり、その死を3日経ってから理解したCoo(クー)がひきつけを起こしたところまででした。今回はそのCooのことをお話しさせてください。

草むらに入るといつも笑顔を見せるCoo

CooはB.Bとずっと一緒に暮らしていたので2匹で1ペア、という感じ。いつもパパであるB.Bの後をついていくようなコでした。私もCooのことはB.Bに任せていたような感もあります。B.Bが亡くなったとき、Cooは9歳。突然ひとりになってしまい、パニックになったのも無理はなかったでしょう。

まずはCooと1対1で向き合うことを心がけました。最初の愛犬であった若麻呂や、B.Bとの反省を活かし、最初からコミュニケ―ションを取りなおすつもりで、Cooと一緒にいて、一緒に走り回り、なんでも相談するようにしました。14歳のときには、ドッグトレーナーの認定試験に一緒にチャレンジ。

旅先の公園でヒールウォークの練習。

当時、「ヒール(つけ)」や「ヒールウォーク」などオベディエンス(服従訓練)を14歳から始めるとは無謀だとも言われたのですが、Cooは生来学ぶことが好きな性格だったのか、無事一緒に合格することができました。なかでもクリッカーを使ったトレーニングは好きだったみたい。楽しそうにトレーニングする姿に私も励まされていました。

15歳になって、「もうトレーニングしなくてもいいよ」と伝えたころからかな、Cooは少しずつ衰えを見せるようになりました。まず目や耳の反応が遅くなって……このあたりは人間と一緒ですよね。人間でいえば80歳を超えているのですから当たり前のことです。

2018年には同居していた母の在宅介護が始まっていたのですが、その母が危篤に陥ったとき、同じタイミングでCooも脳梗塞を起こして倒れてしまいました。獣医師にはこのまま旅立つか、寝たきりになってしまうと宣告されたのですが、Cooは奇跡の頑張りを見せてまた歩けるようになったのです。病床の母にCooが付き添っていたこともあるのですが、そのことの重要さがわかるのは後になってからのこと……秋には母が亡くなりました。

ある日のこと、入院中のCooが危篤となり病院に迎えに行きました。
一晩、つきっきりで体をさすりながら話をしていたらCooは目を覚ましてくれました。
Cooの意識は朦朧としていましたが、Cooの気持ちを考えると、入院ではなく通院が良いのではないかと主治医から言われ、継続的な脳圧を下げる治療の為、毎朝病院へ行き、夕方迎えに行く2週間でした。この写真は、そんな不安定で眠り続けるCooと後悔のないように毎日写真を撮り続けていた日の一枚です。

意識も朦朧として眠り続けていたCoo。

それから1年半……晩年のCooは1日をボーッと眠りながら過ごすような穏やかな日もあれば、具合が悪くなり、このまま臨終を迎えるのか、と覚悟するような日も何度もありました。ただ、そのたびにCooはいつも奇跡の復活を果たし、私のところへ戻ってくるのです。そのCooの頑張りぶりは、もちろんうれしいのですが、なぜCooはここまで頑張るのだろう。母の在宅介護からCooの介護へと、ずっと気の抜けない日々を送っていた私の疲れもあり、私自身がセラピストでもある「ボディトーク」のセッションを受けたのです。

窓の外を眺めるのが大好きだったCoo。認知症も多少あり狭い場所に入りこんでしまうので、家具などにぶつからないようにペットボトルを置いていた。

最期の半年は後肢の筋肉が衰えたため、車いすを使用。初めて車いすに乗ったCooはとても自慢げな表情を見せたとか。

「ボディトーク」とは、脳・心臓・腸にタップをしながら心・身体・精神・意識・感情のバランスを整えていく米国発祥のセラピーです。これをCooとともに受けたところ、Cooには亡き母と交わしたひとつの約束があり、その約束のため旅立てないとCooが自分に枷をかけていることがわかりました。その約束とは、生前の母がCooに言い聞かせていた、「自分が亡くなり、Cooもいなくなっては里香がひとりになってしまう。どうか里香をひとりにしないでね」ということ。
(スピリチュアルな内容は好き嫌いもあるかと思いますが、私は実際にCooの内なる声を聞き、納得できたと感じているのでお伝えさせてください)

そこで何度目かの“臨終”の際、10日以上も何も口にしないCooに「もう頑張らなくてもいいよ。私は大丈夫。ありがとう」と手を握りながら伝え、Cooのトクトクと打っていた心臓が止まるのを見届けました。そのとき7月9日の11時11分。ワンワンワンワンと、語呂のよい時刻に、最期までCooのメッセージを感じたと思っています。

「Cooの介護中、おだやかな寝顔は私の幸せでした」

愛犬の旅立ちを見送るのはもちろん悲しいし、そして苦しんでいる姿を見るのは怖くて目をそむけたくなるものです。でも私は最期までしっかりと見届けることが飼い主の責任だと思う。後で「ああすればよかった、こうすればよかった」と後悔することのないように、できるだけのことはしてあげたいのです。

さて、その後の見送りについて。前回お話したように若麻呂は亡くなったことがショックすぎて、満足に見送ることもできませんでした。B.Bは時間をかけて見送りましたが、亡くなった体に触ってはいけないような気持ちで、あまり触れることができませんでした。

Cooに対しては「お利口さんだね」「かわいいね」とたくさん触れ、その感触をしっかり心に刻み、最後にお寺でいつものように膝の上に乗せてお別れをしました。亡くなった日にはたまたま近くにいてくれた友人や、ペットシッターさんたち、またドッグトレーナー仲間が集まってくれ、にぎやかに見送ることができました。たくさんのお花に囲まれたCooは少し笑っているように見えませんか?

「大好きな大好きなCoo💛いつまでも一緒だよ。ありがとうね」

いま、若麻呂やB.Bを見送ったときに感じた後悔や罪悪感はありません。だけど、やっぱりさびしいなぁと涙があふれてしまいます。ペットを失った人の心に寄りそうグリーフケアとはどんなものか。それは、Cooに「ドッグコミュニケーショントレーナー」にしてもらった私の、次なるチャレンジとなるでしょう。


Text by Miyako Akiyama

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